「介護」と「仕事」は両立できる?「介護離職」で考えるべきこと

「団塊世代」が70代を迎え後期高齢者として介護の必要性はより高まる今、日本で高齢者を支えているのは“ 働き盛り ”の方々です。
少子化の進む日本ではお子さんを持たれている家庭に介護の負担がかかってくる「ダブルケア」も珍しいことではなくなっています。

国としても生産性の維持向上と「 仕事と介護の両立 」のため様々な制度の実現とその周知に取り組んでいる中、介護の負担を理由とした離職・休職が問題になってきています。

壮年期・中年期にあたる30~40代の方々は、仕事やライフイベントにおいても責任あるポジションを求められる時期です。
一番能力のある人材を失うのは企業にとっても大きな痛手、その年代にあたる方々が同時期に休職や離職となると、引継ぎや業務にも支障を生じる可能性もあります。

今回は介護のための離職にまつわる「悩み事」を探ります。
 

年間10万人の離職……
「両立の困難さ」「専念希望」が理由

年間10万人。
これは2018年夏に総務省「平成29年就業構造基本調査結果」 で公表された【介護離職を選択した労働者数】です。そのうち多くが 「仕事と介護(看護)の両立が難しい」という理由のため離職を選択していました。
また「看護に専念したい」「両立の忙しさで自身の健康状態が悪くなったため」なども理由として特徴的でした。

介護離職をする方々は、どんなメリットを想定して選択をしているのでしょうか。
予想できるものとしては、まず【忙しさの改善】です。
「離職」をそうとらえてしまうほど、働いている人にとって介護は「時間のかかる・負担の大きいもの なのでしょう。他にも「介護と仕事を両立させるための費用(交通費や食事代など)を軽減できる」・「介護を受ける方が希望した通りの介護ができる」といったことが考えられます。

もちろんやめることで「収入の減少」や「介護者の自由な時間・キャリアをあきらめなければならない」といったデメリットもあります。離職した方を対象にした調査では、 男女ともに 「仕事を続けたかった」との回答が5割を上回っています。

介護をしながら正社員として働いている方の9割が「不本意ながら介護より仕事を優先している」というアンケート結果がある現状では、介護者が「介護に対して十分な時間をとることができない」ことで精神的にさいなまれてしまっている部分を“離職”がどうにかできるのではないかと考えられているのではないでしょうか。
 

離職してわかる「負担」……
経済状況も心・健康に影響します。

では、実際には離職した後介護は“楽”になったのでしょうか?

厚生労働省委託調査 「平成24年度仕事と介護の両立に関する実態把握のための調査研究」 では 、離職後に「負担が増した」と回答 した方が半数以上を超えています。調査では負担の内容を精神面・肉体面・経済面とわけていますが、どの面でも負担を感じているという回答は50%を超え「離職によって介護は逆に苦しくなる」という結果が読み取れます。
特に経済面では7割、精神面では6割の方々が負担の増加を自覚していました。

「離職」などで職を離れると、当然収入が減ってしまいます。日常生活や介護サービスの利用にも制限がかかってしまったり、介護者の健康や生活が立ち行かなくなってしまう事態にもつながりかねません。通院や医療を「お金がないから……」と我慢してしまう、なんて声もよく聞きます。
また経済状況の悪化は「介護者のメンタル」にも深くかかわっています。
介護はその人の生活を預かること、自宅看護など外部に頼れない状況では24時間注意と緊張が求められるのです。サービスなどが利用できない・四六時中一緒にいなければならなくなることで、 介護する方⇔される方間の人間関係が悪化、介護内容の質が落ちてしまったり家庭内で喧嘩に発展するケースも現場では報告されています。
介護に関わる方の健康を守るためにも、「経済的な状況は心身の健康状態に影響する」と言えるでしょう。

介護が落ちついた後の生活にも離職は影響します。
介護が一段落ついて復職・再就職を考えた際、年齢的な壁が立ちふさがるってしまったり、 喪失感から体調を崩したりうつが起こってしまうといった事態もまま見られています。
他調査の結果からも介護にかかりきりになることで体は楽になったけれど、社会のつながりが薄れてしまう・精神的な孤立を感じる介護者の存在が見受けられました。

社会とのつながりや介護の先の生活を考えた時、「離職」というのは必ずしもお勧めできない選択肢なのです。
 

企業が受ける介護離職のデメリット
「社内知識の“絶滅”」

前段では離職した側のデメリットを解説しましたが、離職される側、企業が受けるデメリットはあるでしょうか。

まず考えつくのは会社の中核となる「中堅」の社員の不在でしょう。
業務引継ぎを行ったとしてもその人の経験やスキルといった能力を受け継ぐことは難しく、「見えない影響」は長く企業にダメージを与えることとなります。また人の生命に関わることですので、充分な引継ぎ期間を設けることができない場合もあるでしょう。
現場や企業内にある独自の知識《ナレッジ》が途絶えてしまうと、新しく構築するほかに取り戻しようがありません。

40代ともなれば責任ある立場に置かれている方も多いと思われます。その方が休職、離職するとなると会社の意思決定や方針に大きな穴が生じます。俊敏な判断が求められる職業・中小などの一人一人が経営に関わってくる企業ならば、非常な“痛手”です。

しかし中堅世代の人材確保は非常に難しいのが現状です。
特に現在40歳前後の方々は「即戦力」を求める社会情勢に圧されて正社員就職が非常に厳しかった【就職氷河期】にあたります。非正規雇用や就職の断念を余儀なくされた方も大勢おり、“経験を取りあげられた”世代と言われています。離職された方と「同じ年代」「同じ経験」「同じスキル」を求めても、空いたポジションにぴったりはまるピース的人材の確保は厳しいでしょう。

また世代が同じということは「同じ問題を抱えている」方もいらっしゃいます。
前任者が介護離職をしている=「介護離職をしなければならない職場」として認識されてしまうと、今後の人材登用や雇用にも響いてしまうかもれません。
 

企業が介護を考えるのは立派なリスク管理
誰もに訪れる“介護”を今から考えよう

介護対応を考える際、「子育てと違う」ということを念頭に置いておくべきです。

一番大きな違いは「いつまで続くかわからない」こと。
子供と違って介護は《 見通しが立たない 》場合がほとんどです。『いつまで』という期限の問題もありますが、要介護度や求められる対応の程度も急変したり駆け付けなければならないような事態も想定できるでしょう。
また身体は成人ですので、看護に必要な労力や精神力も相応に必要になります。
介護をする方の体力の回復や仕事をするのに十分な気力・注意力を準備できるよう、自分でスケジュールを調整できるシステムがあれば心強いですね。

まず企業は 育児・介護休業法に定められている介護休業制度や介護休暇制度 の整備を目指しましょう。 その際には、人事労務以外に「実際に制度が必要な方の意見」や「社内の業務内容・フローの再確認」といった会社全体を意識した調整をするよう気を付けましょう。
急な事態に対応できる働き方ができるよう労働時間や業務内容・方法をフレキシブルなものにするなど、柔軟な働き方を受け入れる準備を進めておくことで介護以外の離職を同時に防ぐことができます。

制度があっても使われなければ意味がありません。並行して「休業のしやすい職場の風土」や「休業・休職などを行っても無理のない人員配置・配慮」といった“雰囲気作り”も重要です。
上司が率先して介護や育児休暇を取得し、「こういうことを家でしている」「こんなことが困った」という経験を職場で共有することで前例や相談しやすい環境があることを従業員に一番わかりやすい形で伝えることができます。
介護休業制度については厚労省や政府がイントラネットやハンドブックを公開しています。これらは社内に掲示・配布するだけでも周知効果がありますので、有効活用しましょう。

「休業や時間配慮は誰もが受けられる制度」「介護や育児、急病は誰にもあること」
という認識を従業員全員が持つことで、制度は初めて有効活用されます。

会社の構成員一人一人が力を発揮する“総活躍社会”とは一人一人が責任を負う社会。個人の問題であった介護は企業を動かす”リスク”ともなりえるでしょう。
そのためにも企業は送り出す人・残される会社に無理や負担がかからないよう、リスク管理の一端として日頃から配慮内容を検討しておくべきなのです。
 


「働き方改革」によってさまざまな制度が打ち出されましたが、一番改革が必要なのは業務を行っている現場。そして現場に改革を届けるのは「経営層からのアピール」にほかなりません。
管理職や経営陣が率先して介護や育児に取り組み、その制度を活用する姿が何より求められています。
 

初出:2019年10月18日

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