増加する「感情労働」、今後も注目の「企業のメンタルケア」の重要性と対策

増加する「感情労働」、今後も注目の「企業のメンタルケア」の重要性と対策

「社会で働く」ということを考えた時、様々な働き方が思い浮かぶでしょう。
体を使って働く肉体労働、データや情報を扱う頭脳労働、第一次・二次・三次産業…… 様々な区分がある中で現代社会でストレス負荷がかかっている働き方として『感情労働』という職務のあり方が発見されました。

適切な反応や表情、自分の感情とは別の表現をしなければならない「感情労働」、自分の感情を抑えて働く環境はストレスを感じやすく、またストレスを発散・報告できない環境であると言えます。
接客や介護・医療の需要が増えつつある中でこれらの職種が抱えるストレスの原因が、この「感情労働」にあたる業務の多さではないかとして注目されています。

今回の記事では「感情労働」の詳細、感情労働が「増えている理由」や「従業員のケア」について解説いたします。
 

感情のコントロールが必要不可欠な業務、「感情労働」

感情労働は、「その業務で必要なサービスを行う為に、自分の感情をコントロールすることが必要条件となる労働」です。

具体的な職種例としては、下記が挙げられます。

  • 販売
  • 飲食業
  • 娯楽施設勤務
  • 看護師
  • 保育士
  • カウンセラー
  • 秘書
  • 客室乗務員      など


働いている以上 自分の感情のコントロールや我慢 をしなければならない状況はどの職種でもあるかと思いますが、特に「対人・接客業務が業務時間の大半を占める」 「常に一定以上自分の感情を表現することが制限される」「業務量が多く、仕事による心身の負荷が高い」といった点が共通して挙げられます。

「実際の心」と乖離する「表の対応」を行うために、 自分の感情のコントロールや我慢を強いられる・しなければならないと感じる環境に長時間いることは、かなりのストレスを毎日浴びていることとイコールです。
 

「感情労働」は今の日本が求めている【お客様のための働き方】

現在の日本では、以前よりも感情労働者が増えています。その理由は、現代日本の社会にある3つの理由が関係しています。
 

①サービス業の増加・常態化

サービス業とは、物品ではなくサービス(行動・経験・手間)を販売・提供するような職種を指します。サービス業は主に第三次産業と呼ばれ、人口の増加とともにその企業数を伸ばす傾向にあります。

日本でも他国の例にもれず、昭和後半から平成、現在にかけてサービス業人口は増加を続けています。
サービス業の増加している背景には
・日本の少子高齢化によって医療・福祉・介護分野の需要が激増した
・物品的な余裕が増え、生活必需品以外の娯楽やレジャーの市場が広がった
・24時間営業といった利便性に重きを置いたサービス提供形態が普及した
といったことが予想されています。

ITや輸送技術の高度先進化によって、物品がかなり手軽に手に入るようになったこと・旅行や体験の手段も豊富になったことにより、求められるサービスの提供量・必要人員の増加をも生み出しました。
利便性の高い時代だからこそ、様々な場所で働く「人」が求められています。
 

②インターネット・SNSが急速に普及した

パソコンや携帯電話がスマートフォンに変わり、インターネットは格段に普及されました。その中でもTwitterやインスタグラムなど各種SNSは日常生活に溶け込み、個人間・企業-個人間の位置情報や感想が簡単に手に入る時代になったともいえます。
それはまた、情報が拡散されてしまうと一瞬で「悪評」へつながる時代ともいえるでしょう。

今までは店舗に対して直接言われるような、「外にまで広がらなかったようなクレーム」でも一度SNSに拡散されるとあっという間に沢山の人に知られてしまいます。一時期騒動になったアルバイトによる違法行為の配信などもあり、企業イメージの保護と情報化に対する教育は密接な関係になりました。

広報や直接接客をする従業員のみならず、本来お客様との接触のない業種・職種の方にも「業務時間外での行動や表現の良識」として感情労働を求める風潮が強くなりつつあります。
 

③顧客満足度の向上が比較の指標に

サービス業の増加に伴い同業種同サービスひしめく中で競合他社との差別化を図らなければならない時代に、一つの指標とされたのが「顧客満足度」です。

1980年から登場した「顧客満足度」は商品の内容を顧客の要望や好み中心とするための概念で、顧客のリピーター化や1人当たりの消費単価をアップさせることを通じて企業へ良い結果を還元させるものとして体系化されました。「グッドマンの法則」「顧客ロイヤリティ」などの関連語を耳にされた方も多いでしょう。
日本では経済産業省の支援のもと開発されたJCSI(日本版顧客満足度指数)などが有名で、アンケート結果の分析によってお客様の心理的な満足感を図る手法として実用化しました。

指標化されているとはいえ、感じ方も求めている部分も違うお客様の心理的・感覚的な「評価」は基準がファジーです。イメージングや接客態度といった商材以外の部分が評価される指標の評価を上げるためとはいえ、アンケートを行っても「これをすればいい!」といった明確な手掛かりは得にくいでしょう。
そのため、商品であるサービスの他に「満足度」に関わる感情労働(接客態度やクレーム対応、窓口となる従業員の言動)の比重が増している企業もみられています。
他社との競合が激しい場合、高度な感情労働や過度なサービスを前提とした働き方が業界全体の「常識」として定着してしまうことも。
 

感情労働者のケアは会社のベースを整える【メンテナンス】

感情労働を行う従業員も1人の人間として、自分なりの考えや背景をもって業務にあたっています。

籠な要求をするクレームへの対応・本来すべき業務とお客様への対応の板挟み・顧客の要望と提供できるサービスのすり合わせ……「本来の自分の感情」と「必要とされる行動」とのギャップから、ストレスを抱えることも多いのです。
中には商材や会社の方針に対して疑問を感じながら働いているといった声も聞かれました。

本来の自分を押さえ続ける行為は「~する必要がある」という要求に対し、常に応えようとすることでもあります。
感情労働を必要とする業種は「人と人とのつながり」を重視する面もあり、やりがいや使命感がとても強く感じられるもの。なかでも真面目に業務をこなそうと思う人ほど、日常生活でも四六時中ストレスにさらされてしまう傾向が強くバーンアウト(燃え尽き症候群:長期間・極度のストレスに対して意欲の減退や無力感などを起こしてしまう)を起こしてしまうケースも多く、せっかく入社してくれたやる気ある人材を離職・休職という形で失いかねません。
研修や教育といった一方的な対応だけでは必要十分なケアとは言い難いでしょう。

特に感情労働を必須とする職場では、従業員に対して企業が主体となってケアを行う必要性があります。ストレスという個人的な心の問題でもありますが、会社全体でメンタルケアを行うことでケアを受けるハードルを大幅に下げ、「問題化する前に」「医療に届く」有効なものにすることができます。

ケアと思うと職場の環境や従業員の健康に対する効果を考えてしまいがちですが、心理的な負荷の強い職種でのメンタルケアは従業員一人一人が持つノウハウや知識といった「目に見えない財産」へのケアにもつながっていく大事な“ 社内環境のメンテナンス ”なのです。
  

感情労働には「ミカタ」と「オンオフ」が大事

企業としてのケアは、個人で行うケアと違い「同じ業務をしている人」「同じ職場にいる人」全体に対して行えるメリットがあります。
「環境の改善」「ケアへのハードルを下げる」「その場にいることがケアにつながる」という視点でケアの方法を考えると有効でしょう。
 

ストレスチェックで生活の『見方』を考える

ストレスチェック制度の導入は、50人以上の従業員がいる職場では義務となっています。ですが、従業員数が50人に満たない場合でもストレスチェックを実施することはできます。労基署への報告等はありませんが、結果は職場改善のための貴重なデータとなります。

ストレスチェック制度の利点は、自分がストレス状態や疲労度の現状を知ることにあります。
メンタルケア研修や健康診断と合わせて、健康への意欲を高めたりセルフケアを推進することでさらに次のステップにつ曲げることが可能です。
高ストレスと判断された方に対しては産業医への面談やカウンセリングといった医療・心理ケアとの連携を案内するとよいでしょう。

ストレスチェックは心のチェックのみならず、「生活を見直す・見方を変える」ためにもなります。健康診断や社内研修も併せて、「健康に対する見方」を共有し不調のシグナルを見逃さない体制を作りましょう。
 

企業が『本音を言える味方』になる

人はだれしもどこかで本音を言える場がないと、精神的に疲弊してしまいます。
ですが、家庭やSNSなどで個人的に心の内を吐き出せる環境があっても、会社の情報保護や人間関係があって言いづらい・共感しにくい悩みを抱えてしまうことも多々あります。

企業が下記のような本音を言える場を提供することは、従業員にとって「わかってもらえる場」として肩の力を抜くことができる【 安心 】を確保することができます。
 

  • 社内のフォロー体制・ラインケア体制の強化
    (管理職や秘密保持義務のあるスタッフへのフォロー)
  • 「本音を言える」ミーティングを開催
    (立場の近さなどに注目した「チーム以外」での集まりを増やす)
  • 意見箱・社内窓口の用意
    (社外窓口など、査定や評価を気にしない相談の場を設ける)

 
従業員が安心して相談ができる「味方」として企業があるためには、特殊なことは必要ありません。
企業が従業員の“味方”であることを公表し、きちんとその行動をする。それだけで「企業がケアをしている」という認識、ひいては企業に対する信頼感が増します。
実際、相談窓口を設けた企業の従業員はその窓口への相談の有無に関わらず「社内環境の改善」や「ハラスメントの減少」といった効果を感じたという報告がありました。
従業員の「安心」は企業と従業員の信頼関係を作ることから始まります。
 

オン・オフのメリハリを推奨する

感情労働を行う上で、「仕事から離れる時間」は重要です。
仕事のオン・オフの切り替えだけでなく、別のコミュニティと関わる時間はリフレッシュやリラックスといったメンタルへの効果の他に社内と別の価値観と触れ合える場でもあります。

仕事時間内できっちり働いた後には、休息をとる時間もきっちりと。
その為に会社ができることは、『労働時間の把握・業務の調整』です。
 

  • 残業時間(時間外労働)を減らす取り組みをする
  • 「仕事の持ち帰り」を極力行わなせない組織造りをする

 
休めないほどの残業や長時間労働はまずメンタルの他に身体の休憩も取れません。また長時間業務に触れていると、思考もなかなか仕事から離れにくくなります。体調を崩した時のみならず自分のメンタルのためにも、お休みや自分の生活をする時間が守られていなければケアの効果も半減します。
法令で規定されている残業時間や有給休暇の順守はもちろん、なるべく業務時間に収まるよう「一人に負担が集中していないか」「業務以外のサービスで圧迫されていないか」を定期的に再確認しましょう。

また、営業や介護など現場業と別に事務作業が発生する企業では、時間内に業務が完了できないといったこともあるでしょう。
真面目な方だと「時間外業務を家に持ち帰る」などプライベートな空間まで仕事を持ち込んでしまうといったことが発生しがちです。企業の情報保護や労務時間の管理の点からも、「企業が把握していない環境で業務を行う」ことはリスクの高い危険なシチュエーションです。
メンタルヘルスに長時間・無理な業務・極度のプレッシャーは大敵。持ち帰りしなければならないほどの業務が発生してしまう環境の改善とともに、社内の体制や業務配分、「業務を圧迫する原因」が何なのか見直しましょう。
 


感情労働は「人と人とが交流する」からこそ発生する労働です。
お客様の力になれたという実感が得られる・個性や実力が求められる“やりがいある”仕事ですが、その反面ストレスも多く心身を壊しやすい仕事と言えるでしょう。
従業員自身が業務の特性とうまく関わることも大切ですが、企業としてもできることはあります。

感情労働者を雇用している企業は、日頃から従業員のストレスに対するケアについて、意識することが大切だと言えます。
 

  • Arlie R. Hochschild, The Managed Heart: Commercializa︲ tion of Human Feeling, University of California Press, 1982
    (石川准・室伏亜希訳『管理される心─感情が商品に なるとき』世界思想社,2000 年).
初出:2019年11月19日

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