ハラスメントの実態と予防・対策:新たな企業の敵は“お客様”?「カスハラ」の実態とその背景

コロナ禍で増加?カスタマーハラスメント(カスハラ)の実態とその背景。

お客様からのクレームは企業として真摯に受け止めるべき大事な意見ではありますが、その声も度が過ぎてしまうと立派な「ハラスメント」となります。店舗や企業、従業員にとって有害となるような迷惑行為や悪質クレームを「カスタマーハラスメント」と捉え、対策の必要性を訴える声が高まっています。
 
ここ数年、TVのワイドショーなどでも取り上げられてきましたが、コロナ禍で社会生活の維持のために営業を続ける業界や、従業員に対する顧客からのハラスメントが多く報告され、問題が深刻化しています。
 
中小企業でも2022年4月から本格的に義務付けとなる(現在は「努力義務」)職場のハラスメント対策のみならず、従業員に対するメンタルヘルス対策に真摯に取り組む企業が増えつつある中で、カスタマーハラスメントへの対策も考えていかなければなりません。特に接客業・小売業など、サービスや商品を通して「人と人」が対面する業種で避けられない“お客様と従業員”関係を利用したハラスメントは、従業員の心身を傷つけてしまうことにもつながりかねず、実際に「クレーマー(対応困難者)」対応によるストレスの増加から休職や退職に追い込まれてしまうケースも報告されていることから、適切な対応の不在は企業の安全配慮義務の問題にも発展する危険をはらんでいます。

SNSでの拡散が普及した現在、たとえお客様からのハラスメントが発端としても口コミなどで経営に影響が出てしまうことも。従業員や会社を守るために、まずは「カスハラ」とはいったいどのような行為なのか、企業として今必要なことはなにか、学んでいきましょう。
 

カスタマーハラスメント(カスハラ)とは?

カスタマーハラスメントとは「顧客・消費者からの度を超えた悪質なクレームや要求」のことを示します。

特徴は「顧客という店員より優位な立場を利用した」「過度・不当な要求を行う」点です。

カスタマーハラスメントの加害者となる人は、従業員の「お客様だから強く言ってはいけない」「お客様の言うことだからなるべく聞かなくてはいけない」という心理を利用して、自分本位の理不尽な要求をしたり、業務とまったく関係のない人格を攻撃するような暴言を吐くといった行為を行います。
また従業員のささいなミスをきっかけとして、苦情以上の暴言や暴力、不当な金銭の要求を行ってくる場合もその関係性を利用していることと同様です。
 

 
2021年2月に「カスタマーハラスメント実態調査」を行った 株式会社エス・ピー・ネットワーク(東京都杉並区)は、 カスタマーハラスメントの類型を以下のように定義しています。
 

  • 顧客として優遇を求めることを目的とする言動(優越的地位の濫用)
    • 「俺は客だ」、「お客様は神様だろう」、「お金を払っているんだから、やって当然」、「対応次第では、今後の取引を考える」等の発言
    • 「不買運動を起こす」、「ネットで炎上させる」、難癖付けて値引きを要求、「客の言うことを信用できないのか」と質問を遮断する行為
       
  • 不当・過剰・法外な要求、社会通念上相当の範囲を超える対応の強要、コンプライアンス違反の強
    • 対価的に相当な範囲を超えた要求、特別の利益や便宜の供与を求める要求、法令違反(違法行為)の内容への対応要求。
    • 暴行・傷害、強要・恐喝・脅迫、不退去、器物損壊、威力・偽計業務妨害、名誉棄損等の刑法犯、一方的主張の繰り返し
       
  • 職務妨害行為(就業環境又は業務推進阻害行為)
    • 長時間に渡る担当者の拘束、その場で解決できない事象への即時対応要求、正当性のない担当者の交代要求、虚偽の申し立て
    • 就業時間後の拘束、他業務実施の妨害、義務なき文書の提出要求、大声を出す、暴れる等の施設の平穏を害する言動
    • 同一・類似案件への執拗な対応(回答)要求・電話、業務上必要な機器等を壊したり奪ったりする行為、従業員の警告を無視
       
  • 担当者の尊厳を傷つける行為(人格否定・意思決定権の侵害)
    • 暴言、誹謗中傷、個人的な責任追及(賠償・補償要求)、個人情報の晒し等をちらつかせること、無許可での撮影・録音。
    • 土下座や人格・尊厳を傷つける行為の強要(セクハラ、性的自由の侵害を含む)、SNS等による連絡・返信要求・強要。
    • 職場や通勤経路、自宅での待ち伏せ等恐怖を与える行為、必要以上の連絡先・個人情報等開示の要求、その他の嫌がらせ行為。

 

上記のような行為はどれも、社会通念上許される範囲を超えた「悪質」なものであるといえるでしょう。
 
消費者も従業員も、立場は違えど同じ人間としてお互いがともに尊重される存在であり、商品やサービスの提供を介して、対等であるはずです。健全で対等な関係を保つためには、お客様は決して神様ではないことを認識し、度を超えた悪質なハラスメント行為に対しては、毅然とした対応をとっていくことが必要になります。
 

ネット上に謝罪を強要した動画を公開するといったケースも

 

判断基準は「繰り返す」「長時間」「目的がわからない」

悪質なクレームと正当なクレームの見分け方が難しいと感じる方もいらっしゃるのではないでしょうか。

人間が対応を行う以上、ちょっとしたミスやトラブルは避けられないでしょう。また顧客の不満の中には「おいしくなかった」「気分を害された」など主観的な部分も必ず存在します。そのため、サービスを提供する側としては、大きなトラブルに発展してしまう前に「まずはとにかく謝る」などの対応をとっていることも多いかと思います。
 
消費者からの意見にきちんと耳を傾け、店側に落ち度があれば謝罪や適切な対応をとることは必要です。しかし、「誠意を見せろ」などというような具体的な内容を示さない要求や、威嚇や脅しをともない、特別な待遇を求めてくるようなことがあれば、そのクレームが「ハラスメント(または不当な要求)」にあたる行為ではないかどうか、一度考えてみる必要があります。
 
ハラスメントにあたる悪質なクレームの中には、
 
・従業員の時間を業務ではないことに長時間使わせる
・自分の目的や感情のために従業員を使う

 
ことも含まれます。

「30分以上の長時間対応を求められているか」
「要求やクレーム内容は過度・不当・あいまいのどれかに当てはまるか」
「業務に関係のない要求や叱責ではないか」

これらに当てはまる場合は、「カスタマーハラスメント」にあたる行為かもしれません。
 
しかし、カスタマーハラスメント問題の難しいところは、上記のような判断基準は各調査や専門家などによってそれぞれに定義され問題が指摘されているものの、明確な定義や行為類型が定められておらず、いまだに不明確な部分が多い点にあります。
 

コロナ禍で悪質クレームが増加?9割以上がカスハラ顧客対応にストレス。「従業員の対応」についてのカスハラ増?

前述の「カスタマーハラスメント実態調査」によれば、新型コロナウイルスによる直接的な影響は限定的であったものの、4割弱の人がコロナ禍に関わらずカスタマーハラスメント(カスハラ)は増加傾向にあると感じていることがわかりました。新型コロナウイルス流行以前と変わらないとの回答が過半数ではありましたが、減っていると答えた人はわずか5.7%にとどまっています。
 
直近2年間に限定して、カスハラが増加していると感じている人は全体では3割程度でしたが、サービス業(「学校・教育産業」「旅館・宿泊所・娯楽業」「医療・介護・薬事」などを含む)に従事する方々については特に高く、平均すると直近2年間で約8割カスハラが増加していると感じており、感覚値では最大で500%増加しているという人もいるなど、実感として増えていると感じている人がとても多いことが明らかになりました。


 
また、コロナ禍に関係するカスハラでは、商品そのものや感染対策・営業時間などに関する事柄よりも、「従業員の対応」についてのクレームがカスハラに発展したケース(約4割)が多いという結果になったことがわかりました。
 
さらに、「カスタマーハラスメント顧客の対応」によって、合計して9割近くが顧客の対応にストレスを感じているという結果に。

・ストレス増加……88.5%
・業務遅延……79.4%
・仕事意欲の低下……77.7%
・退職リスク……53.5%

 

ストレスが増えるだけでなく、実際の業務に遅れが生じたり、休職や退職、体調不良などのリスク感じている人が多いことから、企業のパフォーマンスや従業員の心身の健康への影響に対する深刻さがうかがえます。
 

カスハラ増加の背景には「顧客」側の心理と
「過剰なサービスの一般化」が

カスタマーハラスメントが増えてきた背景は、どのようなものがあるのでしょうか。
 

①「店員を下の立場の者」と考える顧客の存在
日本社会では長年「お客様は神様」と例える「顧客至上主義」が共通意識として存在し、「可能な限りサービスを向上し、客に対して丁寧に接客すべき」という価値観が良いものとされてきました。その価値観に基づいた接客を受けるうちに、「お客様が上、店員は下」という感覚が生まれ、顧客の中に「自分の下の立場にあたるべき店員には理不尽な態度をとってもいい」と考える・感じている人が少なからず発生しているおそれがあります。
 
②「金額以上のサービス提供が一般化したことによる影響」
顧客至上主義によって値段を上回るサービスが恒常化、それによって顧客が思う要求水準がどんどん高まり「顧客の期待するサービス」と「従業員の提供できるサービス」に生じた落差がトラブルを引き起こしている可能性です。丁寧すぎるサービスが標準となっていることによって、本来プラスアルファであったサービスが当たり前になり、「プラスアルファがない」=客側が「適切なサービスを受けられなかった」と感じてしまう場面が増加したのではないでしょうか。

 
そんな中、消費者庁が今年度より「相談対応困難者(クレーマー)への相談対応マニュアル」をつくり、活用をはじめたことが話題となっています。
 
マニュアル作成の背景には、 「丁寧な説明を繰り返しているにもかかわらず、社会通念から逸脱する主張・要求を止めようとしない相談者(対応困難者)への対応」により、なかには休職や退職に追い込まれる事例もあるなどスタッフの疲弊が問題視されてきたことから、体制を整えるに至ったようです。
 
以前より悪質クレーマーやモンスタークレーマーなどの問題が叫ばれていたとはいえ、カスハラ対策は働く人の権利を守る反面、消費者側を萎縮させたり、保護を弱めたりする方向に働く可能性もあることもありこれまで積極的ではなかったようですが、その消費者庁が対策に乗り出したことは、それだけ自体が深刻だということでしょう。
 
前述のマニュアルにも次のような記述があります。(※「対応困難者への相談対応標準マニュアル」はP.11~)
 

消費者保護に係る法制度の整備等により消費者の権利意識が高まるなかで、顧客至上主義の考え方が一部に誤解をされて受け止められたことが背景にあると思われます。また、格差社会、ストレス社会といわれる社会状況は、不満が爆発しやすい環境ともいえます

消費生活相談における相談対応困難者(いわゆるクレーマー)への対応マニュアル作成<事業実施報告書>
 

 

また、カスタマーハラスメントの増加に、コロナ禍による影響だけが関係しているとは限らないものの、在宅時間の増加やコロナ禍の不安・ストレス、社会と人のつながりの希薄化などは関係している可能性も示唆されています。

さらに個人主義社会が進み、デジタル化や匿名性が増したことも含めて、関係性の変化などさまざまな要因が複雑に絡み合っており、ストレスのはけ口や行き場のない苦しみなどが、悪質なクレームや迷惑行為として出てしまっている場合もあるのではないでしょうか。
 

顧客対応マニュアルの不足や、従業員個人のスキル頼みの現状が浮き彫りに

しかし、一般の企業などでは、まだまだカスタマーハラスメントに対する対策が進んでいないところが多く、対応は不十分です。従業員の心身の健康を守るために、企業には早急な取り組みが求められています。
 
先の調査でも、悪質なクレーマーの対応は、「企業内のベテラン社員や対応に慣れたスタッフに相談」するなど、従業員個人のスキルに頼っている現状が明らかになっており、「顧客対応マニュアルの整備」や「対応できる人材育成」に課題を抱える企業が多くあることがわかりました。また、相談窓口の設置・充実を求める声もあがっています。
 

従業員を守るために…企業は「カスハラ対策」を

現在、厚生労働省は、悪質なクレームや対応困難者によるカスタマーハラスメントによる影響を防ぐ対策の必要に応じ、「顧客等からの著しい迷惑行為の防止対策の推進」のために複数のヒアリング調査をもとにマニュアルの作成に着手しており、令和3年度中にマニュアルを発表する予定です。
 
コロナ禍の影響の有無にかかわらず、またさまざまな業界・業種で違いはあるものの、各団体の発表するデータの中にはすでに退職、休職されている方は含まれていないものも多いため、実際にカスハラによって精神疾患や退職等に追い込まれてしまった人がどれほどいるのか定かではありませんが、カスタマーハラスメントが原因で離職する従業員はおそらくかなりの人数存在しているといえるでしょう。
 
人手不足の中、せっかく育てた従業員が消費者などからの理不尽な悪質クレームが原因で辞めてしまっては企業にとっても大きな損失。またカスハラがあるという業界イメージが独り歩きしてしまうと職業選択の候補から除かれてしまい人材が来ない……という悪循環のきっかけにもなりえます。
 
中小企業でも2022年4月から本格的に義務付けとなる職場のハラスメント対策ですが、顧客からの悪質行為はハラスメント防止法(2019年5月に成立)でも言及されています。
 
顧客対応マニュアルの整備や相談窓口の設置などを通して、カスタマーハラスメントが発生したときの相談先や企業としての対応を明示することにより、従業員を守る体制をつくることは企業の安全配慮義務としても、大切になってくるでしょう。今後は「従業員をお客様から守る」ために企業が率先して対策をとっていく必要があるのではないでしょうか。
 

 

 

〔参考文献・関連リンク〕

初出:2019年12月06日 / 編集:2021年10月15日

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